人類みな、かっこよく・かわいくなりたいと思ったことはあるだろう。
自分もそのうちの一人だ。
かっこいいものには憧れをもつ。
と同時に人から認められたりするものだ。
逆も然りだ。
人類みな認められたいのだ。
自分がここにいるんだ と証明したいものだ。
話は変わるが、自分にとっての「かっこよさ」とはなんだろう。
小学生は「博士」と呼ばれることに誇りをもっていた。
(これはかっこいいかはわからないけど、認められた ということだ)
中学生は・・・特にない。
それが少しコンプレックスだった。
(運動も勉強も周りよりできない)
高校生は、ランクを落として入学したので周りより勉強ができた。
そして、「内気な自分を変えるため」に生徒会長を行った。
結果として、自分を変えることができたのではないのか。
大学に入る前は「文武両道」に憧れていた。
なので、「運動も勉強もできる自分」を目指していた。
したがって、「スノーボード」を極める というビジョンがみえた。
こう振り返ってみると、自分は「コンプレックス」に打ち勝つために生きてきた。
現在、大学院入学前である。
正直いま、すごく楽しい。
最適な環境に身を置き、自分の好きなことに挑戦し、取り組んでいるから。
あ、そうそう。
かっこいい=憧れる ということはわかるんだけど。
かっこいいことは疲れる というものもわかった。
疲れることはあまりやりたくない。自分はそんなに好きではない。
いまは、かっこいい=それになる
という方程式は存在しない。
それは、自分は「かっこいい」と思えるマインド・自信があるからだろう。
そして、周りと比べて落ち込んだりすることもなくなった。
だって自分は自分だもの。
自分らしさを磨けばいいじゃないか。
そう思える自分が好きだ。
正直、社会人になってやりたいものは?
と聞かれると難しい
ただ、抽象的にお伝えすると
・自分がはまれること
・自分の好きなこと
・自分が得意なこと
これだけじゃないかな。